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佐賀地方裁判所 昭和41年(ワ)54号 判決

原告

斎藤克己

被告

有限会社東雲運輸

ほか一名

主文

被害等は原告に対し、連帯して金六〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和四一年三月六日より支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告等の連帯負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告等は原告に対し連帯して金一、四七〇、七八七円及びこれに対する昭和四一年三月六日より支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、請求原因として、

「一、被告坂本香は昭和四〇年五月一三日午前三時二五分頃、大型貨物自動車(以下被告車という)を運転して大分県宇佐郡長洲町方面から中津市方面に向けて県道上を進行中、同県宇佐郡駅川町大字樋田一七九番先の交差点において、折柄進行方向右方国道一〇号線より同交差点に進入して来た原告の運転する貨物自動車(以下原告車という)の左前部に被告車の右前部を衝突させた。

二、右事故(以下本件事故という)は、被告坂本において交差点の自動信号機が赤色の点滅信号を示していたから交差点の直前にて一時停車し左右に交差する国道一〇号線上の交通状況を注視してその安全を確認したうえ発進すべき業務上の注意を怠つて、漫然約五〇キロメートルの速度で交差点に進入した過失によつて生じたものであり、被告有限会社東雲運輸(以下被告会社という)は被告車の所有者であつてかつ本件事故当時被告車を自己のため運行の用に供していたものであり、また本件事故は被告坂本が被告会社の業務執行中に生じたものであるから被告会社には自動車損害賠償保障法ないしは民法第七一五条の使用者責任がある。

三、従つて、被告等は原告に対し連帯して本件事故により原告に生じた損害を賠償すべき責任があるところ、その損害は次のとおりである。

(一)  原告所有の原告車破損による損害、金一、〇〇〇、〇〇〇円

原告車は原告の所有するものであり、本件事故により使用不能となつた。本件事故当時の原告車の価格は金一、〇〇〇、〇〇〇円であつたから、原告はそれに相当する額の損害を蒙つたことになる。

(二)  訴外亡松瀬春幸(訴状、準備書面に春章とあるは春幸の誤記と認む)の死体運搬及び葬儀費、金八七、四三七円

原告は原告車の助手席に訴外松瀬春幸を同乗させていたものであるが、本件事故により右訴外人は死亡した。

そこで原告は右訴外人の死体運搬、葬儀等をなしたが、それに関し、別紙支払明細書のとおり金八七、四三七円(註、別紙明細を総計算定すると金八九、〇三七円となる)を支出した。これも本件事故により原告が蒙つた損害である。

(三)  訴外大神寿への補償金 金三〇八、三五〇円

本件事故により原告車は現場交差点角の訴外大神寿所有家屋に突込み、その家屋を損壊したので、原告は右訴外人へ金三〇八、三五〇円の補償をなした。

右金員も本件事故により原告が蒙つた損害である。

(四)  慰藉料 金五〇、〇〇〇円

本件事故により、原告は頭部打撲傷、右眼瞼部擦過傷等加療一週間を要する傷害を受け、また原告車を失つてたちまち無資産状況となり、運送業を廃止して労働者に転落し到底再起の見込みなく運命の急転に悲歎している。

右の次第であるから本件事故によつて原告の受けた精神的苦痛は金五〇、〇〇〇円で慰藉されるのが相当である。

(五)  弁護士費用 金二五、〇〇〇円

原告は本訴提起につき法律扶助協会の扶助を受け、右協会より原告の委任した弁護士原告訴訟代理人へ弁護士手数料として金二五、〇〇〇円が原告のため立替払がなされており、原告は右金員を右協会へ返還しなければならない義務を負担している。

右金員も本件事故により原告が蒙つた損害である。

以上合計金一、四七〇、七八七円が本件事故により原告に生じた損害である。

四、よつて原告は被告等に対し連帯して右金一、四七〇、七八七円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和四一年三月六日より支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。」と述べ、

抗弁に対する答弁として

「一、被告等の過失相殺の主張は否認する。

かりに原告に過失があつたとしても、被告坂本の過失に較べてその程度は軽微である。

二、被告等の相殺の主張は争う。」と述べた。

被告等訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として

「一、請求原因第一、二項の事実は認める。

二、同第三項の損害額につき、

(一)  車両破損による損害は否認する。

原告車は原告の所有でなく訴外ラクダ産業株式会社の所有であるから原告に損害賠償請求権はない。本件事故当時原告が右訴外会社より原告車を買受ける旨の売買契約が成立していたとしても自動車登録原簿の移転がなされていないから原告は自己の所有であることを主張できない。

かりに原告の所有であるとしてもその損害額は争う。

(二)  訴外亡松瀬春幸の死体搬送料等は原告において支出していない。

(三)  訴外大神寿への補償金は原告において支出していない。

(四)  慰藉料請求は争う。

本件事故につき原告にも後記のとおり過失があり、被告坂本も全治二週間を要する右膝関節部外側上部打撲傷の傷害を蒙つていることからすれば原告に慰藉料請求権はない。かりに請求できるとしても、原告は適法な運送業者でなく、従来運送業で利得していたものであつても、それは法の保護に値しないものであるからこのことを慰藉料算定の資料とすることはできない。

(五)  弁護士費用として金二五、〇〇〇円を原告が法律扶助協会へ返還しなければならない債務を負つている事実は認める。しかし、原告の本訴請求は理由がないから弁護士費用を賠償すべきいわれはない。」と述べ、

抗弁として

「一、過失相殺

本件事故は原告主張のとおりの被告坂本の過夫と、原告が黄信号の点滅にも拘らず徐行しなかつた(道路交通法違反)過失の双方が競合して惹起されたものであるから、損害賠償額の算定に当つては右原告の過失を斟酌して、その額は原告に生じた損害の半額とすべきである。

二、相殺

本件事故により被告会社が蒙つた損害は次のとおりである。被告車破損による損害金四三二、一五〇円、訴外亡松瀬春幸の相続人へ支払つた賠償金二、五〇〇、〇〇〇円、訴外大神寿への家屋破損による賠償金四七〇、〇〇〇円。

右損害のうち、被告車破損については過失相殺によつても半額の金二一六、〇七五円は被告会社の原告に対する損害賠償債権であり、その他の金二、九七〇、〇〇〇円についても原告と被告等の共同負担すべきものであるから被告会社はその半額の金一、四八五、〇〇〇円を原告に求償する権利を有する。

そこで、被告等は原告車破損につき被告等に賠償義務があるとすれば、本訴において右損害賠償債権と求償権とでもつて対当額において相殺する。」と述べた。

〔証拠関係略〕

理由

一、請求原因第一、二項の事実は当事者間に争がない。

従つて被告等は原告に対し連帯して損害賠償をなすべき義務がある。

二、本件事故により原告に生じた損害

(一)  原告車破損による損害 金七三一、〇八七円

右による原告の主張は原告車が原告の所有であることを前提としているのでまずこの点につき判断するに、〔証拠略〕によれば、原告は昭和三九年四月頃原告車を買入れて自己の所有となし、本件事故発生三日位前に原告車の所有名義を原告より訴外ラクダ産業株式会社へ移転する旨自動車登録原簿に登録をなしたが、事故発生時までは未だ原告右訴外会社間に原告車の所有権移転はなされていなかつたものであることが認められ、これに反する原告本人尋問の結果は前掲各証拠に照らして措信できず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。そうすれば、原告車の所有者は原告ということになる。なお、被告等は事故発生時右原簿の登録が原告名義ではないので原告車の所有者が原告である旨被告等に対抗できないと主張するが、不法行為の成否が問題となる本件にあつては被告等において登録の欠缺を主張できないことは明らかである。

そこで原告車破損による損害について考えるに、原告は使用不能になつた旨主張し、原告本人尋問の結果はそれに副うものであるが、〔証拠略〕によれば原告車は修理可能な状態であつたと認めることができるので右尋問の結果は措信できず、たとえ本件事故発生後何らかの事情で使用不能になつたとしても右甲号証と対比すればそれは本件事故と相当因果関係にあるものとは到底考えられない。

そうすれば原告車破損による損害は本件事故発生直前に有していた原告車の価格から事故後に残存した価格を控除した額というべきであるが、右いずれの価格をも認定できる証拠はない。

しかし〔証拠略〕によれば金七五一、〇八七円でもつて原告車の修理が可能である事実が認められ、これに反する証拠もないので、本件にあつては右金員をもつて原告車破損による損害と認定するのが相当である。

(二)  訴外亡松瀬春幸の死体運搬及び葬儀費 金八一、八三七円

右訴外人が原告車の助手席に同乗し本件事故により死亡した事実は被告等において明らかに争わないのでこれを自白したものとみなされる。

そして〔証拠略〕を綜合すれば、原告が右訴外人の死体運搬、葬儀等に関し、死体運搬料、火葬等少くとも金八一、八三七円(別紙明細書番号1ないし21及び24)を支出している事実が認められ、これに反する証拠はない。

なお別紙支払明細書番号22のコード外金二〇〇円についてはこれを認めるに足る証拠はなく、番号23の自動車撤去作業料金七、〇〇〇円については原告本人尋問の結果によれば原告車の撤去作業に要した費用であつて、右訴外人死亡による事後処置とは関係のないことが明らかである。

右金八一、八三七円は本件事故により原告に生じた損害といえる。

(三)  訴外大神寿への補償金

原告は右訴外人へ補償金として金三〇八、三五〇円を支払つたと主張するが、これの証拠はない。

(四)  慰藉料 金五〇、〇〇〇円

当事者間に争のない請求原因第一項記載の本件事故の態様、〔証拠略〕により認められる頭部打撲傷、右眼瞼部擦過傷等による二週間の加療を要した原告の傷害、訴外松瀬が死亡したことによる心痛などの原告の精神的苦痛を考えれば、原告の請求する慰藉料額金五〇、〇〇〇円は相当である。

(五)  弁護士費用 金二五、〇〇〇円

本訴に関し弁護士費用として金二五、〇〇〇円を原告が法律扶助協会へ返還しなければならない債務を負担している事実は当事者間に争がないところ、右金員も本件事故により原告に生じた損害といえる。

三、過失相殺による損害賠償額の認定

〔証拠略〕を綜合すれば、原告が原告車を運転して国道上を進行し、本件現場である交差点に差しかゝつた際、交差点に入らねば国道と交差する左方(北方)県道の見とおしはきかずまた原告の進路の信号機は黄色の点滅信号を示していたのであるから、原告としては適当に減速して交差点に進入し左方道路から進入してくる車両の有無を確かめながら進行し事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠つて毎時三五キロメートルの速度で左方道路の安全を確認することなく漫然交差点に進入した過失により、左方道路から進行してきた被告車と衝突事故を起したものであることを認めることができ、これに反する〔証拠略〕は前掲証拠に照らして措信できず他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右のとおり本件事故発生には原告にも過失があるものというところ、原告車進行路が幅員の広い国道上で信号機が黄色点滅信号であること、被告車進行路が幅員の狭い県道上で信号機が赤色点滅信号であること、その他前記争のない事実(請求原因第一項)と右認定した事実による本件事故の態様、本件事故により被告坂本が禁錮一〇月執行猶予四年、原告が禁錮三月執行猶予二年の刑事処分を受けていること〔証拠略〕などの事実を綜合すれば被告坂本の過失の程度が大であるというべく、本件事故により原告に生じた前記損害はほゞ被告等二原告一の割合で分担するのが相当であると考える。

そこで被告等の原告に対する損害賠償額は前記損害額合計金九〇七、九二四円から金三〇七、九二四円を控除した金六〇〇、〇〇〇円と認定するのが相当である。

四、相殺の主張について

被告等は原告車破損による被告等の損害賠償債務(受働債権)につき被告会社の原告に対して有する債権(自働債権)でもつて対当額において相殺する旨の主張をなすが、右受働債権は不法行為によつて生じたものであるから民法第五〇九条により自働債権の存在が認められるとしてもそれでもつて相殺できないことは明らかである。

従つてこの点に関する被告等の主張は失当である。

五、結び

以上に認定したとおり、被告等は原告に対し連帯して金六〇〇、〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日であることが一件記録上明らかな昭和四一年三月六日より支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よつて原告の本訴請求は右認定の限度で理由があるのでこれを認容し、その余を棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 塚田武司)

別紙 支払明細

〈省略〉

昭和四一年(ワ)第五四号

更正決定

原告 斎藤克己

被告 有限会社東雲運輸外一名

右当事者間の当庁昭和四一年(ワ)第五四号損害賠償請求事件について、昭和四四年三月二〇日言度した判決中、明白な誤りがあつたので職権によつてつぎのとおり更正する。

主文

判決主文第二項として「原告その余の請求を棄却する」を加える。

昭和四四年四月一五日

佐賀地方裁判所

裁判官 塚田武司

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